ヒロ君の独り言

 

日本で女性天皇の件で揉めているが、天皇と同じ政務を取っていても

天皇と認められていない女帝が居た。

第14代天皇仲哀天皇ヤマトタケル尊の子」の皇后である

神功皇后「オキナガタラシヒメノ尊」である、仲哀天皇が九州熊襲の反乱鎮圧戦で

戦死し、熊襲の後ろ盾には、新羅百済高句麗が居るという事で、三韓征伐を

行ったと言う伝説の女帝で 仲哀天皇死の3年後に応神天皇「ホムタワケ」を九州

で産んだ、以前から記していた様に、倭国(九州)とヤマト国(奈良)の戦いで、

紀元前から、九州及び朝鮮半島南部を占領していた倭国にヤマト(旧邪馬台国系)

との戦いでヤマト側が負けた戦いである、応神天皇は、大分の宇土神宮で生まれたと

ある、話は逸れるが、第10代崇神天皇(ミマキイリビコイニエ尊)系はイリ王朝と

言われ、第11代天皇 垂仁天皇(イクメイリビコイサチノスメラ尊)と続くが、

第12代天皇 景行天皇ヤマトタケルの父:オオタラシヒコオシロワケノスメラ尊)

から、王朝交代が有り、第13代 成務天皇(ワカタラシヒコノスメラ尊)、第14代 仲哀

天皇ヤマトタケルの子:タラシナカツヒコノスメラヒコノ尊)と言う様に、イリ王朝

からタラシ王朝に入れ替わり、更に第15代 応神天皇「ホムタワケ」と言う様にワケ

王朝に変る、また、崇神天皇の娘の大倭姫系の仲哀天皇と息長系の神功皇后との権力

争いが有ったと思う。応神天皇(ホムタワケ)、第17代 履中天皇(オオエノイザホ

ワケノ尊)、第18代 反正天皇タジヒノミズハワケ尊)は、ワケ王朝だが、

第16代 仁徳天皇(オオササギ)、第19代 允恭天皇(オアサヅマワクゴノ尊)、

第20代 安康天皇(アナホノ尊)、第21代 雄略天皇(オオハツセワカタケ)等は、

別王朝だと思う、(無理やり統一系統王朝を歴史書にまとめた為、倭国王とヤマト国

の王とが、入り混じったと考えられる。

話は戻るが、神功皇后応神天皇が即位するまで、成務を取り仕切り、一部の史書では

第15代で日本最初の女性天皇と言われている。また息長系統は、第26代 継体天皇へと

続く。

次項は、第17代 履中天皇の娘とも孫とも言われている、飯豊皇女を記す。