ヒロ君の独り言

幼い頃から、体格が良かった為、同級生や下級生の友人が出来ず

いつも年長の先輩達と居た。中学1年の頃、2年でスケバンのねーさんに

気に入られ、よく一緒に遊んだ、ねーさんのアッシー君の運転で(確か、いすゞ

ベレッタ)、阪神パークや宝塚遊園、夏はラサプールや加太に連れて行ってもらった。

校舎の裏で3年のスケバンとねーさんのケンカを見た、ねーさんは沖縄武道を多分

していたと思う、一発の正拳突きで3年のスケバンは、白目を剥いて失禁して倒れてた

以降 ねーさんには 手下含め 近寄って来なくなった、また 3年のスケバンの彼氏

も復讐戦に来たが、後頭部への 回し蹴り1発で 気を失って 以降 近寄って来な

かった、ある日ねーさんが ヒロちょっとおいでと校庭の体躯準備室に連れて

いかれ、トランポリンの上に寝ろと言われ ズボンをずらされ、ねーさんが上から

座り込んで 初体験をさせてくれた、ねーさんが「補習授業やからね」とその授業を

楽しませてくれた、1年、2年と補修は続き、3年の時も 校門の前で待っていて

くれて 場所を変えて 補修授業をしてくれた、ただ、3年の夏以降 ねーさんが

居なくなり、次回の授業は先生を変えて高校生になるまでお預けとなった。

高校1年の夏、2年の先輩に言い寄られ 補習授業が始まった、ただ 2年の時

先輩が20歳の大学生と授業をしている事を知り、以降の授業を断った、難波に

呑みに行った時(確か高校生??)女子大のねーさんに誘われ 課外授業を

すごく奇麗なラブ〇〇〇で、10回ほど受講した。学校には 天使の様な子が居て

「溜ってるねん 頼む」とお願いすると、ゴム付きで2発ほど 部室で抜いて

くれた、因みに兄弟は10人程居た。

中学時代のねーさんは 榊原郁恵に似ていた、高校時の先輩は、AKEBの指原を

かわゆくした感じ、女子大生のねーさんは、吉田羊似、高校の天使は、薬師丸ひろ子

似だった、皆元気だろうか?

大学生になった夏のある日、2年年上の先輩に呼び出され、召使になる事を確約

させられた。そして補習授業も再開され、旅行にも連れていかれた(僕の愛車 サニー

1400ccGXTハッチバッククーペ 色モスグリーン)。2年3年と 授業を受けていると

偶には ステーキばかりで無く お茶漬けが食べたくなり 同級生の 2年年上の

ステーキと同じ女子大生(お茶漬け)と隠れて授業をしていた。

ある日 信号で停まった時、目の前にステーキが両手を広げて立ち塞がった、

思わず茶漬けに「茶漬け 逃げろ」言い、逃がした。

助手席に座ったステーキは、一言「大阪城公園」と言い、その通り大阪城公園

行き 車を停めたとたん、胸倉を掴まれ 公園に引き摺られ、グーでメッサ殴られ

血まみれになった、ステーキが卒業後就職した時、朝5時起きでステーキの家に

お迎えに行き会社まで送り、6時過ぎに会社にお迎えに行き 食事をし、会社の

愚痴を聞きつつ、授業を受け、就かれてぼろぼろの身体を引き摺って家に帰り、通ら

無い大学の実験レポートを夜通し書き、仮眠を取ってお迎えに行く生活を1年続けた

(4回生になれば、実験が始まれば 2~3週間帰れなくなる為)。

ステーキと同じ大学に居た茶漬けは ある日廊下で呼び止められ「あの子 遊んで

くれてありがとう」とニコっと笑顔で挨拶してくれたと言っていた(少しちびった)

そのステーキとも 卒業後 いろいろ有って別れたが、ステーキの前では、残念だ

非常に残念だと言って立ち去ったが、大阪湾に向かって「俺は 自由だー」と叫んだ。

青春の思い出。